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長崎地方裁判所 昭和40年(わ)216号 判決

被告人 戸田和四郎

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、本籍地の尋常小学校を卒業して漁業に従事し、昭和三〇年三月頃から肩書住居地において妻子と同居し米菓子製造業を営んでいたものであるが、妻サツ(明治三六年八月一六日生)が昭和二八年頃から視力が衰え、昭和三二年頃遂に失明するにいたり、あまつさえその頃から祈祷性精神病ないし内因性精神病と診断される精神分裂症的疾病におかされ、言語動作が異常で施療供餌に特別な保護が必要であつたのに、被告人は精神病専門医には発病当初の昭和三二年八月に診療を受けさせただけで、その後は専門医の施療を請うたり、或いは保養に適する食餌を与えるなど適当な処置をとることなくして自宅居間で家族とともに起居させ、昭和三七年七月頃からは、前記自宅階下炊事場脇の階段下に周囲を板囲いし床を板張りとした約一坪の通風、採光、採暖のきわめて劣悪な部屋を設けて、その中にサツを隔離、起居せしめたが、サツの病状は逐次悪化し、殊に昭和三八年一一月頃には前記精神病に基因する拒食症のため極度に衰弱し、到底自らの生命維持に必要な暖をとり難い状況にあつたのにかかわらず、被告人はこれらを察知しながら、格別保温に必要な採暖設備を与えず、もつて右サツの保護責任者として当然為すべき生存に必要なる保護を加えることなくこれを放置し、そのため同女をして同年一二月一日午後八時三〇分頃、同所において凍死するに至らせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一九条(二一八条一項)に該当するので、同法一〇条により右二一八条一項の罪と同法二〇五条一項の罪の刑とを比較し、重い後者の刑に従い、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中「被告人が、昭和三七年六月頃自宅階下炊事場脇の階段下に周囲を板囲い、床を板張りとした約一坪の通風、採光、採暖のきわめて劣悪な座敷牢を設け、外側から掛金の掛けられる外開きの抜扉を施し、同年七月以来同所にサツを隔離し、もつて不法に監禁し、昭和三八年一二月一日午後八時三〇分頃、同所において同人を凍死するに至らせた。」との点につき、検察官は右事実をもつて被告人の所為が監禁致死罪(刑法二二一条)に該当すると主張するところ、証拠によると、被告人が公訴事実記載の日時に、その記載の如き部屋を設備し、同所にサツを起居せしめ、同所で同人をその記載の日時に凍死するに至らしめたことは明らかである。しかしながら、山崎政一の司法警察員に対する供述調書、証人戸田タマヨの当公判廷における供述並びに前掲各証拠によると、当時サツは既に失明しており、家人の留守の折、戸外を徘徊し、溝に落ちて怪我をしたり、庭に設けられた井戸に転落することなどが懸念される状態であつたばかりでなく、それ迄起居していた部屋が便所に遠く不便であつた為、便所に近い場所に移す必要があり、且つ又サツの日常身の廻りの世話に当つていた娘戸田タマヨが、通常炊事場に居ることが多い為、サツを炊事場に近い場所に収容していた方が何かと看護に便利であつたため、公訴事実記載のような部屋を設け、サツを収容、起居せしめるに至つたものであること、右部屋は当初から板の間にしていたわけではなく、サツが畳をむしつて破つてしまうので已むなく畳をとり除いたこと、また右部屋の出入口に掛金を施したのはサツの粗暴な振舞いが激しくなつた死亡直前頃、それも夜間とか同女が外出しそうな気配を示した折に行われたものであることが認められる。右のような事実に照らして考えると被告人がサツを専門医の治療に委ねることなく、そのため同女の病状が悪化し、前記のような部屋に隔離収容するに至つた経緯については精神衛生法上からも問責さるべきことには違いないが、サツの年令、病状、その他家庭状況からみて一概に不当違法視することは酷であり、且つ又前記小部屋にサツを隔離収容したのは専らサツの身の安全と看護の便利を計る目的から出たものであり、その手段方法においても社会通念上、かかる場合やむを得ざる措置として是認される相当性の範囲を逸脱したものとすることはできない。

以上の如く検察官主張の監禁致死の点について、その動機、目的、手段及び方法からみて不法なものと言うことは出来ないので、結局罪にならないと断ぜざるを得ないが、判示保護者遺棄致死の罪と、観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 渕上寿 右川亮平 桑原昭煕)

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